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てっぺん童子(わらし) [アトリエN]

大抵の山の樹冠にはてっぺん童子がいる。
人には見えない。ごくたまに、小さな子供がその姿を目撃することがあるが、まわりに相手にされないでいるうちに、いつしか見たことも忘れてしまう。
何のためにてっぺん童子は存在するのだろうか?それは本人にもわからないし、まわりにもわからない。
てっぺん童子は、なんにもしない。
病気にかかった樹木の面倒を見ることもないし、タヌキやモグラが傷ついて苦しんでいても、手を差し伸べることもない。
晴れた日には一日中、樹冠の上で空を見上げ、さまざまに形を変える雲を眺めていたり、風の強い日には激しく揺れる木の葉にしがみついて、ロデオ乗りを楽しんだりする。
てっぺん童子の苦手は雨降りである。
そんな日には、木の洞をみつけてもぐりこみ、一日中じっとしている。濡れたからといって別にどうということも無いのだが、嫌いなものは嫌いというほかはないようだ。
秋が深まり、落葉樹の葉達は黄色に赤に、色づき始めた。「離層」によって樹木本体から切り離され、水分や栄養分の供給をカットされた葉達は、土に還る準備を始めたのである。
 「そろそろお別れだね」と、てっぺん童子が話しかける。
 「うん、そうだね」と、葉達が返す。
 「君たちは地面に落ちたら、どうなるの」
 「ちいさな虫や、もっとちいさな生き物に粉々にされて
 しまうのさ」
 「ふうん、それから先はどうなるの?」
 「うんとうんと小さくなって、いろんな生き物の体の一
 部になるのさ。虫や花や、草や木や、ひょっとしたらも
 う一度この葉っぱになれるかもしれないねえ」
 「ふうん、いろんなものになれるんだねえ、うらやまし
 いな、僕もいろんなものになりたい」
 「君はずっとてっぺん童子さ」
 「どうしてだい?」
 「君は死なないからさ」
葉達は散ってしまった。独りになったてっぺん童子は退屈である。
もしもあなたが森を散策中に頭の上にドングリが落ちてきたら、それはてっぺん童子のいたずらかもしれない。
くれぐれも、ヘルメット装着を忘れずに。
N田さん 「なな山だより」39号より
ドングリ.png

このコーナー「アトリエN」は会員N田さんの投稿を掲載する場所です。ほのぼのとして夢広がるエッセイを楽しめるでしょう。当初は「なな山だより」からの転載となりますが、初出が増えていくはずです。不定期のアップになりますが、是非ご期待ください。


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