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ジャガイモのはなし -アトリエN- [アトリエN]

 16世紀、スペインによるインカ帝国征服の副産物としてヨーロッパにもたらされたジャガイモは、高度4000mのアンデス高地を原産地とするだけに、冷涼なヨーロッパの風土にはよく適応した。だからといって、すぐに受け入れられたわけではない。ジャガイモ料理を献上されたエリザベス一世は有毒物質のソラニンによって危うく一命を落としかけたし、そのゴツゴツした外見はハンセン氏病を連想させ、さらには、聖書に出てこない植物であるジャガイモを食することは、神の怒りに触れるという流言も飛び交った。
 ヨーロッパにおいて戦争の無かった年が4年しかなかったという17世紀は小氷期でもあって、飢饉が打ち続いた。事情は18世紀になっても同様であり、戦争と飢饉、この二つがこの植物をヨーロッパ全土に広めたと言ってよいだろう。
 7年戦争でプロシア軍の捕虜となったフランスの薬剤師、パルマンティエはジャガイモによって五度もの捕虜生活を生き延び、帰国後ルイ16世の援助を得てパリ郊外の原野に展示試作圃場を設け「このジャガイモは非常に美味で栄養に富み、たいそう珍しいもので、王侯貴族の食べるものである。これを盗み、食するものは厳罰に処す」と周辺に宣伝した。
 そして兵士に見張らせたが、わざと夜中には兵士を眠らせ、好奇心に駆られた民衆の盗むにまかせた。この作戦が図に当たり、ジャガイモの栽培が一般に広まったという。
 「衣食足りて礼節を知る」という諺があるが、国家には当てはまらない。ジャガイモによって豊かになった国同士は盛んに小競り合いを繰り返す。1778年にプロイセンとオーストリアとの間で戦われたバイエルン継承戦争は相手国のジャガイモ畑を荒らすことを重要な戦略とした為《ジャガイモ戦争》とも呼ばれたが、言い換えれば、この植物がいかにヨーロッパにおける主要作物になっていたかを示している。
 このジャガイモ、日本には慶長年間にジャワのバタビア経由でオランダ船によってもたらされたが、その味の淡白さが野菜中心の日本食には合わず、やはり飢饉における救荒作物として徐々に広まっていったので『お救け芋』といわれたこともあったらしい。
 近年、葉を食べる虫を殺してしまう遺伝子が組み込まれた大豆やトウモロコシやジャガイモが作られたそうだが、虫を殺す遺伝子を持つ作物を食べて大丈夫なのだろうか?
 17・8世紀の欧州人の食に対する保守性を嗤うことはできないと私は思うのだが。
       『なな山だより』41号より、ブログ掲載にあたり一部改訂
  N田さん

ジャガイモ.jpg
ジャガイモ。提供:「イラストAC」https://www.ac-illust.com

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スミレとアブとハナバチ -アトリエN- [アトリエN]

 とある早春の日、中谷主命(ナカノタニノヌシノミコト)が林内を歩いていると、彼を呼びとめる声がした。
 「ねえねえ、カミ様ってば」
 見ると、小さな花が、まだ寒い春の風に身をすくめている。
 「おう、スミレではないか。何事じゃ」
菫「あのね。あたしはアブが嫌いなの。近寄らないように言ってくださらない?」
命「それはまたナニユエじゃ?」
 スミレが口元を震わせていうには
菫「あのバカな虫は、ふん・ふ・ふーんと鼻歌を唄いながら、あたしの大事な花粉を菜の花にこすりつけたりするんだもの、まったく、見境いのないやつでアッタマきちゃう」
命「ふうむ、たしかに奴は賢いとは云えぬ虫ではあるな。云うてやっても構わぬが、まず無駄であろうよ」
菫「なぜですか?」
命「三歩も歩けば忘れてしまう虫だからじゃ。それよりはお前さん、花の時期をずらしたらどうじゃな?」
菫「それはまた、どうして?」
命「アブは早春の虫じゃ。もうちょっと暖かくなれば、奴もいなくなるのではないか」
 中谷主命のアドバイスに従って開花の時期をずらしたスミレであったが、一件落着とはいかなかった。
 「ねえねえ、カミさま、聞いてくださいな」と、スミレはまたも不満を訴える。
 「あいつ、まだあたしの蜜を狙って飛び回ってますよ。ふん・ふ・ふーんと鼻歌を唄いながら。うるさいったらありゃしない」
 すると中谷主命はこう申された。
 「それならば、花の色を変えてみたらどうじゃな?」
菫「どうしてですか?」
命「黄色はアブの大好きな色じゃ。ほかの色に変えたら、やつも近寄ってこなくなるのではないかな」
菫「それでは、どんな色に?」
命「そうよなあ、紫色がよかろう。紫はハナバチが大好きな色でな。ハチは賢いぞ、おいしい蜜をたんとやれば、その花をきちんと覚えておいて、同じ仲間のところに飛んで行ってくれるのじゃ。それにハチは後退りが出来るぞ」
菫「ふうん、それが何か?」
命「お前さんはもっと花を細長くして、その奥においしい蜜を隠すが良い。ハチは花の奥までずんずん進んでいく。お前さんはその隙にハチの体にたっぷり花粉をつけるのじゃ。後退りができるハチは、なんなく外に出てくる。アブには到底できぬ芸当じゃぞ」
 そこで、スミレは神様の言うとおりにしたが、お気楽なハナアブはふん・ふ・ふーんと鼻歌まじりでやってきて、長く伸びた距のなかに潜り込み、途中で閉じ込められたと勘違いして、猛然と暴れだした。
 スミレは風の力を借りてアブの体を花の外に放り出し、睨みつけてやった、地面にたたきつけられたアブは、しばらく気を失っていたが、やがて眼をさますと、どこかへ飛び去っていき、もう二度とスミレには近寄ろうとしない。さすがに懲りたようである。
 スミレはハナバチとすっかり仲良しになり、機嫌よく咲いている。
 「カミ様、有り難う。たまには役に立ってくれるのね」
命「たまには、は余計じゃろ」
 それでも中谷主命は感謝されて悪い気はしない。
 ふん・ふ・ふーんと鼻歌を唄いながら林の中を去って行った。
  N田さん
 
タチツボスミレ.jpg
タチツボスミレ。提供:「写真素材足成」(http://www.ashinari.com)

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おかいこさま -アトリエN- [アトリエN]

 讒言(ざんげん)にあって筑紫の大宰府に流された右大臣・菅原道真は、死後、怨霊となって御所に災いをもたらした。これを鎮める為、彼を天神様に祀り上げたが、天神様すなわち雷神というので、落雷は菅原道真の仕業であると信じられるようになった。
 「くわばら・くわばら」というのは雷除けの呪文だが、これは道真が近畿地方に所有していた桑原のことを指していて(ここはあなたの桑畑ですよ・雷を落とさないでください)という思いを込めたものだったのだろうか。
 奈良・平安の時代に中国からもたらされた養蚕の技術が国中に広まって、蚕は「おかいこさま」と呼ばれ、明治新政府などは群馬県富岡町に官制の製糸場を設け、そこで教育をうけた士族の娘たちが全国に近代の製糸技術を広めた。昭和初期には、生糸は日本の輸出額の40%を占めるまでになり、この国の近代化を下から大きく支えたのである。
 いまでは化学繊維に圧されて産業としては見る影もないが、今日でも趣味的に蚕を飼う人たちがいて、一心に桑の葉をむさぼる幼虫たちの、野面を叩く驟雨(しゅうう)のようなその音がかわいいと聞き惚れているそうだ。クワ科のコウゾが和紙の原料に使われるように、しっかりとした植物繊維が蚕の吐く糸の勁さとしなやかさのもとになるのだろうか?
 皇居紅葉山養蚕所では、皇后陛下がいまでも古い品種の蚕を育てておられるそうだ。
 なな山の入り口近くに桑の木が立っている。
 4月から5月にかけて黒紫色の実をつけ、食べてみると、ほんのりと甘酸っぱい。
 三木露風の作詞になる「赤とんぼ」には、♪山の畑の桑の実を小篭に摘んだはまぼろしか♪という一節があるが、ついこの間まで農家の貴重なおやつであったのだ。
 現代の子供たちに一度味あわせてみたいものである。
 閑話休題。
 昔見た東宝の特撮映画「モスラ」では巨大な蛾の幼虫が、東京タワーのアーチの下に糸を吐いて繭を作る場面があった。東京タワーのあの形状だからサマになるが、ノッペラボーな東京スカイツリーでは、モスラもどこに繭を作ったものか、悩んでしまうだろう。
モスラのためにも、東京タワーよ永遠なれと願うのは、私だけであろうか?
 「そんなとぼけたことを考えるのはお前だけだよ」だって?
 たしかに・・・・・・。
  N田さん

クワの葉に乗った蚕.jpg
クワの葉に乗った蚕。提供:「イラストAC」https://www.ac-illust.com

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アジサイ・ジャガイモ・カキツバタ -アトリエN- [アトリエN]

 牧野富太郎博士は巷間流布している植物名の間違いについて、繰り返し説かれている。
 その1 アジサイは断じて紫陽花ではない。
 アジサイを紫陽花とした根拠は、白楽天の「長慶集」に出てくる一首の詩であるが、山花一樹ありて色は紫に気は香しく・・・・紫陽花を以て之に名づく、とあるのを日本の学者があやまってアジサイに比定したものだと。
 しかしアジサイは山地の花ではないし、香気もなく、そもそも日本産の花であるから紫陽花とは似ても似つかぬものであると。
 その2 ジャガイモは断じて馬鈴薯ではない。
 ジャガイモは南米原産で、それがヨーロッパを経由して日本にわたってきたものだが、ある学者が、福建省の松渓県のみに産する馬鈴薯の事だと言い出して定着してしまった。
 その馬鈴薯なるものはツル性の植物で、根の色は黒く、味は苦甘い。これがどうしてジャガイモと言えるのか?と。
 その3 カキツバタは断じて燕子花ではない。
 わが邦では古くからカキツバタに燕子花の字をあてているが、燕子花は蔓のようにひょろひょろした茎に六・七個の花が付く植物で、かのツンとした茎に一花ずつ咲くカキツバタとは似ても似つかぬものではないかと。
 日本植物学の父と言われる牧野博士がいくつもの本にも書き、講演でも繰り返し主張されたにもかかわらず、今日でもアジサイは紫陽花であり、ジャガイモは馬鈴薯のことにされていて、カキツバタは燕子花と書かれる。
 現代の日本の識者が英語中心主義であるように、いやそれ以上の長きにわたって、この国の知識人は中国中心主義および漢名中心主義であった、その心的傾向が上記のような過ちを産んだのだろう。アジサイもジャガイモもカキツバタも漢名に無ければおかしい、という誤った信念のもとに、文典を漁ったのではあるまいか。
 もうひとつ、牧野博士はハマナスは誤称であると主張されている。大抵の書物には、その実が茄子のようだからハマナスというのだと解いてあるが、その実の味と形によって梨になぞらえたのだ。したがってハマナシというのが正しいのであると。
 日本植物学の巨人である大牧野博士の説に従って、私は今後あじさいはアジサイと、じゃがいもはジャガイモと、かきつばたはカキツバタと書くことにしよう。
 そのほうが書き間違いも起こらないし。
 しかし。
 ♪知床の岬にハマナシの咲くころ♪
 唄いにくいなあ・・・・・・・。
  N田さん

アジサイ.jpg
アジサイ。提供:「素材Good」https://sozai-good.com/

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妖しの彼岸花 -アトリエN- [アトリエN]

 彼岸花は、とにかく異称の多い花である。
 曼珠沙華は、「紅い花」という意味のサンスクリット語から。
 毒草であるから、毒花、痺れ花。土葬が一般的だった昔の日本では、野鼠等による害を防ぐためにこの毒草を墓地の周囲に植えたことから、死人花、幽霊花、地獄花。
 その花の形から、狐の松明、狐のかんざし、剃刀花。花の時季には葉がなく、葉が生えてくるころには花がないことから、「葉見ず花見ず」とも呼ばれる。
 秋雨の終わりかけた彼岸の頃に、地面から一本の茎をすっと伸ばし、地上50センチ位の茎頂に赤い花をつける(時には白い花も)。
 一週間ほどで茎も花も枯れてしまうと、今度は地下の鱗茎から緑の葉が伸びてきて、冬を越す。葉はアサツキに似ているから、誤食事故が起こることもあるという。
 毒のアルカロイドは水に晒すと消えてしまい、鱗茎にはでんぷんを多く含むため、昔は飢饉の際の救荒食になったというが、毒草であるため年貢の対象外とされており、お百姓たちはずいぶん助かったことだろう。
 花は咲くが、種子はできない。三倍体と言われる遺伝子構成のせいであって、増えるのは専ら地下の鱗茎によってのみ。だから、中国から渡ってきたと思われるこの花が全国に広まっていったのは、鳥や虫の力によるものではなく、人の手でひとつひとつ植えられてきたからなのだそうだ。しかも、全国に展開するこの植物は、たった一個の鱗茎のクローンであるといわれている。
 実に妖しい花である。秋に花を咲かせ 冬に葉を出し 夏には地上から姿を消すという、普通の植物とは真逆の成長プロセスといい、空に向かってまるでアンテナのように放射状に広がる花の姿といい、種子を作らない三倍体であることといい、自然が作り出したものとは思えない。
 そこで、若いころSFに熱中した私は、次のように妄想する。
 これは超古代のマッド・サイエンティストが作り上げた通信装置なのでは? 花が出す特殊なパワーにより、人の心を操って世界中に自らを広めさせ、今は異界に去ってしまった創造者に地球各地の情報をひそかに送信しているのではあるまいか……と。
 ところで、そんな重要な使命を負った花が、一年のうちに一週間ほどしか咲かないということの説明をどうコジツケよう?
 それを一生懸命考えているところなのだが、今のところ良い答えが思い浮かばない。
 「追記」 よくニラやノビルと間違えられて誤食事故の絶えないスイセンやタマスダレもヒガンバナ科の植物である。毒植物の多くは自己アピールをせず、ヒトの縄張りに重なり合う場所でひっそりと咲いていることが多い。ニンゲン界の近間に生きる彼らは、野性を失いつつある私たちに、さりげなく警告をする存在なのかもしれない。
  N田さん

彼岸花.jpg
彼岸花

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大根のような・・・・・ -アトリエN- [アトリエN]

 せり・なずな・ごぎょう(おぎょう)・はこべら・ほとけのざ・すずな・すずしろこれや七草。
 ご存じ春の七草のうち、すずなとは蕪(小蕪)のことで、すずしろとは大根のことであるが、どうしてこのふたつに「すず」がついているのかと不思議に思っていた。
 ちくま学芸文庫の『花物語』(牧野富太郎著)を読んで、疑問が解けた。
 すずなの「すず」は小さいという意味で、すずしろの「すず」は清らかの意味なのだそうだ。すずしろの語は清白とでも宛てれば良いのだろう。
 昔々の大根は、今日のように太くなかった。
 「大根足」という言葉があるが、古事記には「大根のように白く細い腕」という表現が有り、そのことからも、大根のような足とは、ファッションモデルのように白くてほっそりした脚という褒め言葉だったのだろう。
 大根足が「ぶっとい足」という意味で使われるようになったのは、江戸時代以降のことであるそうだ。営農家のたゆまぬ努力が、今日のような大きくて種々さまざまな大根を作り上げたのである。
 植物学的には、蕪の実の部分は胚軸(茎と根の間の部分)が肥大したもの。大根の場合は上半分が胚軸、下半分が根の、それぞれ肥大した部分であるそうで、その証拠に蕪の根毛は実の下についているが、大根の根毛は実の下半分にその痕跡がある。
 三国志で有名な蜀の軍師・諸葛孔明の名にちなむ諸葛菜とは、実は蕪のことで、遠征時の兵の食料として改良したのでその名がついたらしいが、なぜ日本でオオアラセイトウ(ムラサキハナナ)の別名となってしまったのかは謎である。中国と日本での植物名の取り違えは、ほかにもたくさんあるようだ。
 芝居の下手な役者を大根役者というが、これには諸説あり、大根が白いことからシロウト(素人)に近い役者のことを言った……という説や、大根はいくら食べても食あたりしないことから、当たらない役者のことをなぞらえたとか、早々に舞台から降ろされるので、大根おろしにひっかけたという説など、さまざまあるようだ。
 いろいろと莫迦にされがちな大根だが、なな山の菜園で採れる大根はたまらなく旨い。
 T橋さんをはじめ、携わった皆さんの丹精の賜物だろうが、なな山に限って言えば「大根のような」とは、素朴だが格別に旨いことの形容句と言っていいだろう。
  N田さん

花ダイコン.jpg
花ダイコン。提供:「写真素材足成」(www.ashinari.com)

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大家と店子のはなし -アトリエN- [アトリエN]

 大工職人の与太郎が店賃(たなちん)を6ヶ月も溜めて、道具箱を大家に取り上げられてしまうことから巻き起こる騒動を描いた落語「大工裁き」。
 店子同士が(俺は何年入れてない・いや、うちは親の代から入れてない)と自慢?しあう「長屋の花見」「黄金の大黒」。
 江戸時代には店賃を払わない店子と、それを取り立てようとする大家との攻防がそれほど沢山あったのだろうか?おそらくそんなことはあるまいが、持たざる者の悲しさとたくましさをおかしくも明るく描き出す名作話芸だと思う。
 生物の世界にも大家と店子の関係はあって、その一つはマメ科植物に見られる。
 枝豆やカラスノエンドウなどのマメ科植物と根粒菌との関係である。
 マメ科植物は、根粒菌の空中窒素固定能力のおかげで養分の少ない荒れ地でも育つが、その菌のすみかである根粒はマメ科植物が自ら作り出して提供する。根粒菌がやってきて何らかの化学的信号を出すと、マメ科植物の根の先端が菌を包み込むように捲れかえって迎え入れ、細い通路を作って根粒まで誘導しさえする。それだけではなく、根粒菌の生活エネルギーとなる糖まで与えるのだそうだ。
 長屋を提供するどころか三度の飯まで面倒みるというのだから、並みの大家ではない。
 もともとは病原菌として侵入を試みた根粒菌とマメ科植物との厳しくも果てしない攻防の末に、お互いの利用価値に気付いた両者が共生を選択したということなのだろうが、しょせん持てるものと持たざるものとの駆け引きなのだから、そこには美談だけでは済まされないシビアな側面もあるという。
 大家さんの情けに感じ入った店子が、せっせと窒素固定作業に励んでいる間はいいが、なかには仕事を怠ける根粒菌もいないではない。店賃である窒素の生産を滞らせる根粒菌には、栄養分の供給をカットしたり、根粒への通路を閉ざしたりして、制裁を加えるという。マメ科植物の大家さんは、店子の働きぶりをマメにチェックしているのである。
 生物の世界に管理会社があるわけではないのだから、この大家稼業、結構大変なのだ。
 もっとも、人生ん十年、一度として「持てるもの」になったことのない私だから、マメ科植物の苦労も今一つピンとこないのではあるが・・・。
  N田さん

カラスノエンドウ.jpg
カラスノエンドウ。提供:「写真素材足成」(www.ashinari.com)

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早乙女花 -アトリエN- [アトリエN]

 白とピンクの小さな花を夏の風に揺らしながら、早乙女花は考えた。
 「いやな虫たちが私を食べようと狙っているわ。むざむざやられてなるもんですか。」
 では、どうしたらいいのだろうか?蔓をもっと太く硬くするのも、鋭い棘を生やすのも、フェンスに巻きつくには都合が悪い。
 思案の果てに早乙女花は奇想天外な自衛策を考え出した。『ペデロシド』という化学成分を体内に溜めこむことにしたのである。
 心得違いの虫どもが茎や葉に喰らいついて傷つけると、それは分解してメルカプタンというガスになり、強烈な悪臭を放つ。
 いくら虫でも臭いものは臭いのだ。みんな閉口して逃げ出してしまった。
 ふふん、どんなもんよ、食べれるものなら食べてみなさい……と、いまはやりの「ら抜き言葉」で早乙女花は得意顔。
 ところが、思いもかけぬ挑戦者が現れた。
 「おう、有難く戴いてやろうじゃないか、姐ちゃんよ」と言ったかどうかは解らないが、その虫は早乙女花をむしゃむしゃとたいらげ、挙句の果てにメルカプタンまで自分の体に取り込んでしまった。彼の天敵であるテントウムシもこれには降参である。
 早乙女花は、別名ヘクソカズラ。なな山では、バス通り際のフェンスに巻きついているのを見ることができる。
 敵役の虫はヘクソカズラヒゲナガアブラムシ。
 それではヘクソカズラはアブラムシに食い尽くされたのか?
 テントウムシに捕食されなくなったヒゲナガアブラムシは大繁殖したのか?
 決してそうはならない。
 独り勝ちを許さないのが自然界の掟なのである。
 そんな掟なぞどこ吹く風でわが世の春を謳歌しているように見えるヒト族だって、決して例外では有り得ないと思う。
 だって有史以来、こんなにも同族同士で殺し合いをしてきた種は、ほかにいないであろうから。
  N田さん

ヘクソカズラ.jpg
早乙女花(ヘクソカズラ)。提供:「写真素材足成」(www.ashinari.com)

ヘクソカズラヒゲナガアブラムシ(weblio辞書)
http://www.weblio.jp/content/%E3%83%98%E3%82%AF%E3%82%BD%E3%82%AB%E3%82%BA%E3%83%A9%E3%83%92%E3%82%B2%E3%83%8A%E3%82%AC%E3%82%A2%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%A0%E3%82%B7

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右巻き・左巻き -アトリエN- [アトリエN]

 フジの幼木のツルは左巻きだが、成木は右巻きだという話を聞いたことがある。成長の途中でツルの伸びる方向が変わるのかと思ったら、何のことはない。幼木は上から見おろし、大人になったら下から見上げるので、左右が変わるというのだ。
 要するに観察者の視点の問題にすぎないのであって、フジギ(不思議)でもなんでもないのである(ここ、笑うとこ)。
 しかし、ツル植物の巻きかたについては、若干の混乱があるらしく、アサガオは左巻きと決まっているが、同じ左巻きのはずのヤマフジが図鑑によっては右巻きと記載されていたりして、どうもよくわからない。
 とりあえず、左回りに巻きつくツル植物を左巻きと呼ぶことにするなら、アサガオと同じヒルガオ科のマルバアサガオ・ヒルガオ・ネナシカズラ・マメダオシはどれも左巻き。
 マメ科ではクズ(葛)・インゲンマメは左巻きなのにフジ・ナツフジは右巻きである。
 そんなのどうだっていいじゃん、おれは好きに巻くからよ、と開き直るツル植物もちゃんといて、ヤマノイモ・ヘチマ・カラスウリは右にも左にも巻く。
 節操がないというべきか、それとも自由闊達というべきか、判断に苦しむところだが、そんな生き方も別に嫌いではない。
 ちなみに、つる植物ではないが、ラン科のネジバナにはヒダリマキという異名があるにもかかわらず、実際は左右どちらにも花をねじる(飽きたらねじるのをやめるらしい)。
 夏のなな山の法面にはびこる葛(クズ)は左巻きながら、賢い植物である。
 有り余る直射日光はむしろ植物に有害であるそうだが、葛は強すぎる陽射しの下では葉を立てて昼寝をする。
 そして夜が来ると、水分の蒸発を防ぐために葉を下に垂らして眠るのである。
 夏の盛りには体力の消耗を防ぐために、冬には厳しい寒さから身を護り、春には暁を覚えず、秋には美味いものをたらふく胃に詰め込み、食べ疲れでひねもす寝て過ごす。
 そういう生活が出来たらなと夢想する私であるが、どうやら夢物語に終わりそうだ。
 それでも万が一そんなことになったら、世間は私の事を「人間のクズ・左巻き」と呼ぶのであろうか?
  N田さん

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藤棚。提供:「写真素材足成」(www.ashinari.com)

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クズの花。提供:「写真素材足成」(www.ashinari.com)

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スギナの追憶 【アトリエN】 [アトリエN]

 ♪つくしだれの子スギナの子♪という歌がある。私は唄った記憶は全くないので、どんなメロディなのか思い浮かばないが、つくしはスギナの胞子茎であり、子供というよりは花に近いと言える。このスギナの地下茎は地底深く拡がっているのが特徴で、俗説では閻魔の庁の自在鉤になっているとか、いや、海の底深くを這って、アメリカ大陸まで伸びているとか云われているそうだ。
 それはあまりにも荒唐無稽な話だろうが、かなりの深さまで地下茎を展開しているのは事実で、原子の火に焼かれた被爆地で最初に萌え出した緑は、スギナであったという。
 地上を焼き尽くした数千度の熱が届かない地中深く生き延びた地下茎が、被爆地に最初の緑を届けたのである。
 このスギナ、植物としてはかなり原始的なシダ植物である。巨大恐竜が跋扈していた石炭紀には、地上数十メートルにも達する巨木の大森林を構成していた。小惑星が衝突したり、その後の数次にわたる全球凍結など地球環境の大変動により、巨大恐竜は死滅したが、スギナは自らのサイズを極小化し、短命化(速やかな世代交代)することで環境激変をしぶとく生き延びたのである。
 長寿化や物心両面に渉る飽くなき成長を指向しているヒト族も、スギナの知恵に学ぶべきではないだろうか?環境を力ずくで変えようとするのではなく、自らの生き方を環境に合わせる・そういう東洋本来の考え方に立ち還ってもいいのではないだろうか?
 それにしても地上数十メートルにも及ぶスギナの大森林が放つ胞子の雨に打たれたティラノサウルスが、花粉症ならぬ胞子症でぐじゅぐじゅと鼻水を垂らしながら、草食恐竜を追いかけている、その姿を想像すると笑えてしまう。
 科学的根拠の全くない妄想ではあるが、恐竜絶滅直後の地層には、大量の胞子の堆積が見られるという(それが何を意味するのかはわかりません)。
 初夏の風にわが身を揺らしながら、小さなスギナたちは、そうした太古の思い出に浸っているのかもしれない。
  N田さん

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スギナ。提供:「写真素材足成」(www.ashinari.com)

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