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蓮の音を聴いたかい(会)? -アトリエN [アトリエN]

 蓮酒という遊びがある。蓮の葉の中央には荷鼻という蓋のようになっている部分があって、そこをはがすと、穴の開いている茎が現れる。その穴は、地下の蓮根に空気を送る為のものであるが、茎を切り取って口にくわえ、葉の上から酒を注ぐと、その穴を伝って酒が口に流れこむ。その様子が、象が鼻を振り上げた形に似ているので象鼻杯ともいい、昔の人の風流な遊びになっていたそうだ。
 もっともこの遊びは、大勢でわいわい騒ぎながらやるから楽しいのであって、一人でやっても面白くもなんともないだろう。
 葉茎には大小さまざまな穴が開いているので、茎を切り取ってシャボン玉遊びをすると、一度に色々な大きさのシャボン玉を楽しむこともできる。
 蓮は泥の中から茎を伸ばし、水面の上に美しい花を咲かせることから、泥より出でて泥に染まらずといわれ、また葉の表面にびっしりと生えている0.01ミリの乳頭状突起が水をはじくため、雨を受けて雨に濡れることもなく、古(いにしえ)より高貴な魂の象徴とされてきた。だから古代インドの神々や如来達は、蓮台に乗っていたり、蓮の花を持つ姿として描かれている。
 宇宙の根源的な存在とされる毘盧遮那仏が座る蓮の花には千枚の花びらがあって、その一枚一枚に大釈迦がおり、その花びら一枚には百億の世界があり、それぞれに小釈迦が一人ずついるとされている。
 いくつもの星が集まって銀河を作り、銀河が集まって銀河団を形成するという現代天文学の宇宙像とよく似ているが、古代インドの人々はすぐれた直観で宇宙の実相を捉えていたのだろうか?
 花びらの数は通常20~25枚で、これを一重咲というが、50枚を超え、100枚~300枚に達する八重咲もある。また花托や雄蕊が弁化し、花の中に花が生じて花弁数も5000枚に達することがあるそうで、毘盧遮那仏の座る蓮に千枚の花びらがあるというのは、あながち大風呂敷というわけでもないようだ。
ハスの研究に一生を捧げた大賀一郎博士は千葉県検見川の落合遺跡に埋もれていたハスの実を掘り出して、発芽させることに成功した。この大賀ハスの実は2000年以上も土中に眠っていたそうである。阿弥陀仏の原語はアミタ・アーユス(無量の寿命)を音写したものとされるが、如来たちが蓮台に乗っているのも、むべなるかなという気がする。
閑話休題(それはさておき)。
昭和11年7月24日・上野不忍池で『蓮の音を聴かざる会』が開かれ、大賀博士や牧野富太郎博士ら約30名が出席して、池中の蓮の花に備え付けられた4個のマイクと地上のスピーカーをつないでハスの開花音を拾う実験がなされたが、すべての花が無音のうちに開花した。
それ以来、ハスは開花音を立てないというのが学界の常識となっているが、今日でも蓮の音を聴く会があちらこちらで開かれ、また「ハスの花が開くときの、ポンという音を確かに聴いた」と主張する人も跡を絶たない。
なにしろ巨大恐竜が跋扈していた一億三千万年も前から生き続けている植物である。
聴きたい者には音を聴かせ、疑う者には沈黙してみせるくらいの芸当は苦も無くやってのけるのではあるまいか。葉が水滴を玉にして転がすように、たかだか数百万年の歴史しか持たない人類を『手玉に取る』のは造作もないことではないだろうか?とひそかに思っているワタクシなのであります。
   N田さん

蓮.jpg
蓮。写真提供:「写真素材足成」(http://www.ashinari.com)

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