So-net無料ブログ作成
アトリエN ブログトップ
前の10件 | -

ポパイとホウレンソウ -アトリエN [アトリエN]

 ロケットのような形をしたカタバミの実の中には小さな種がぎっしりと埋め込まれており、その一つ一つが白い袋に包まれている。
 種の成長につれて袋の内側の細胞層はどんどん膨らんでくるが、外側の細胞層はそのままである。だから種が熟すころには、袋はぱんぱんに張りつめて、一触即発の状態となる。
 もしあなたがそんな時期に、犬を連れて叢に足を踏み入れると、その振動を感じただけでカタバミの実は『もう辛抱たまらん!』とばかりに一斉にはじけ、粘液とともに種を爆裂させる。その種の飛ぶ範囲は、半径1メートルを超えるという。粘液は瞬間接着剤の役目を果たし、あなたの靴やペットの体に張り付いた種は、新しい世界への旅を始めることになる。ホウセンカやカヤツリフネソウも同じ原理で種を飛ばすが、この仲間の属名である『インパチエンス』は【耐えられない】という意味であるそうだ。
 カタバミはどこの道端にも見られる小さな雑草だが、実はハイテクの塊である。
 花には光センサーが装備されていて、朝になると開き、午後には閉じる。朝だけ集中的に活動するハチのリズムに合わせており、ハチがお休みする雨の日には、一日中花を開かない。また、カタバミの葉は夜には閉じる。
 蒸散や放射冷却による葉温の低下を防ぐためのシステムである。
三つのハートの形をした葉の中央部分に開閉する組織があり、光の量に応じて自動開閉システムが働いている。
 強光を浴びても花は閉じる。あまりにも強い光は、むしろ光合成に害を及ぼすからだという。
 ところでカタバミは、葉や茎を噛むと酸っぱい味がするが、それは蓚酸という物質を含んでいるからで、葉や茎で古くなった十円銅貨を磨くと、ピカピカになることで知られている。野菜ではホウレンソウが多量の蓚酸を含んでいる。この物質が動物の体内に入るとカルシウムイオンと結合して結石を引き起こすというが、無暗には食べられたくない植物の自己防御反応の一つなのだ。
 人間も動物だから蓚酸の採りすぎはよろしくないが、ゆで汁を捨てれば問題はないという。
 生ホウレンソウのサラダが大好きという人がいるかどうかは知らないが、あまり頻繁に食べるのはやめておいたほうがよさそうだ。
 シュウサン(週3)でも多すぎるかもしれない。
 ところでポパイ・ザ・セーラーマンは、ホウレンソウの缶詰をパワーの源泉にしていたが、あんなにも沢山のホウレンソウばかり食べていて、結石に悩むことはなかったのだろうか?彼の末路を知る人は、誰もいない。

 追記:ポパイのキャラクタースポンサーは全米ベジタリアン協会で、漫画版ではキャベツを丸ごと一個食べることで爆発的なエネルギーを得るという設定だったが、キャベツでは持ち歩くのに大きすぎるというので、ホウレンソウの缶詰ということになったらしい。
 ポパイの大ヒットに便乗してホウレンソウの缶詰が売り出されたが、売れ行きのほうは、それほどでもなかったそうである。
   N田さん

カタバミ.jpg
カタバミ。写真提供:写真素材 足成 http://www.ashinari.com/

コメント(0) 
共通テーマ:地域

蓮の音を聴いたかい(会)? -アトリエN [アトリエN]

 蓮酒という遊びがある。蓮の葉の中央には荷鼻という蓋のようになっている部分があって、そこをはがすと、穴の開いている茎が現れる。その穴は、地下の蓮根に空気を送る為のものであるが、茎を切り取って口にくわえ、葉の上から酒を注ぐと、その穴を伝って酒が口に流れこむ。その様子が、象が鼻を振り上げた形に似ているので象鼻杯ともいい、昔の人の風流な遊びになっていたそうだ。
 もっともこの遊びは、大勢でわいわい騒ぎながらやるから楽しいのであって、一人でやっても面白くもなんともないだろう。
 葉茎には大小さまざまな穴が開いているので、茎を切り取ってシャボン玉遊びをすると、一度に色々な大きさのシャボン玉を楽しむこともできる。
 蓮は泥の中から茎を伸ばし、水面の上に美しい花を咲かせることから、泥より出でて泥に染まらずといわれ、また葉の表面にびっしりと生えている0.01ミリの乳頭状突起が水をはじくため、雨を受けて雨に濡れることもなく、古(いにしえ)より高貴な魂の象徴とされてきた。だから古代インドの神々や如来達は、蓮台に乗っていたり、蓮の花を持つ姿として描かれている。
 宇宙の根源的な存在とされる毘盧遮那仏が座る蓮の花には千枚の花びらがあって、その一枚一枚に大釈迦がおり、その花びら一枚には百億の世界があり、それぞれに小釈迦が一人ずついるとされている。
 いくつもの星が集まって銀河を作り、銀河が集まって銀河団を形成するという現代天文学の宇宙像とよく似ているが、古代インドの人々はすぐれた直観で宇宙の実相を捉えていたのだろうか?
 花びらの数は通常20~25枚で、これを一重咲というが、50枚を超え、100枚~300枚に達する八重咲もある。また花托や雄蕊が弁化し、花の中に花が生じて花弁数も5000枚に達することがあるそうで、毘盧遮那仏の座る蓮に千枚の花びらがあるというのは、あながち大風呂敷というわけでもないようだ。
ハスの研究に一生を捧げた大賀一郎博士は千葉県検見川の落合遺跡に埋もれていたハスの実を掘り出して、発芽させることに成功した。この大賀ハスの実は2000年以上も土中に眠っていたそうである。阿弥陀仏の原語はアミタ・アーユス(無量の寿命)を音写したものとされるが、如来たちが蓮台に乗っているのも、むべなるかなという気がする。
閑話休題(それはさておき)。
昭和11年7月24日・上野不忍池で『蓮の音を聴かざる会』が開かれ、大賀博士や牧野富太郎博士ら約30名が出席して、池中の蓮の花に備え付けられた4個のマイクと地上のスピーカーをつないでハスの開花音を拾う実験がなされたが、すべての花が無音のうちに開花した。
それ以来、ハスは開花音を立てないというのが学界の常識となっているが、今日でも蓮の音を聴く会があちらこちらで開かれ、また「ハスの花が開くときの、ポンという音を確かに聴いた」と主張する人も跡を絶たない。
なにしろ巨大恐竜が跋扈していた一億三千万年も前から生き続けている植物である。
聴きたい者には音を聴かせ、疑う者には沈黙してみせるくらいの芸当は苦も無くやってのけるのではあるまいか。葉が水滴を玉にして転がすように、たかだか数百万年の歴史しか持たない人類を『手玉に取る』のは造作もないことではないだろうか?とひそかに思っているワタクシなのであります。
   N田さん

蓮.jpg
蓮。写真提供:「写真素材足成」(http://www.ashinari.com)

コメント(0) 
共通テーマ:地域

カラスビシャク -アトリエN- [アトリエN]

 ハエ族にとって腐った肉の臭いというのは、ヒト科ノンベ属におけるアルコールと同じように心を奪うものであるらしい。
 サトイモ科の植物・カラスビシャクの花が出すその臭いに惹かれて仏炎苞の中に迷い込んだハエは、閉じ込められたことに気づいてもがき回るが、その動きを察知したかのように、そのとき雄花が開き、相前後して花の下にわずかな隙間ができる。体中に大量の花粉をまとったハエは、ほうほうのていで外に逃れ出るが、隣のカラスビシャクが放つ腐臭をかぐと、またふらふらと仏炎苞の中に迷い込み、奥に鎮座する雌花に花粉をこすり付ける。
 ひどい二日酔いに幾度となく苦しんだはずのノンベ属が、一日も経つと、そんなつらい思いをすっかり忘れて、またぞろ性懲りもなく夜の巷に繰り出す姿に似ていなくもない。
 カラスビシャクと同じサトイモ科の仲間には、出口を用意せずに、迷い込んだハエを獄死に追い込む種類もあるというのだから、カラスビシャクはまだまだ良心的であると言えないこともないのだが、それにしても見事な戦略である。
 だが、そのようにしてできた種子は、まさかの時のための用心にすぎなくて、主として土の中の芋で増えるというのだから、恐れ入るしかない。
 しかし、この程度で恐れ入っていてはいけない。カラスビシャクの葉の付け根にはムカゴが用意されているし、それだけでは安心できないと、茎の途中にもこぶのようなムカゴをつける。二重、三重、四重の危機管理策である。
 ここまでは稲垣栄洋氏『身近な雑草の愉快な生きかた』からの受け売りだが、物質文明のただなかに生き、ただ消費(浪費?)だけに心を奪われてきた私が、どこかでカラスビシャクの爪の垢でも煎じて飲んでいたら、今頃は左うちわの生活が出来ていただろうにと思うと残念でならない。
 しかし、考えてみるまでもなく、カラスビシャクに爪は無いのだから、はじめから無いものねだりというほかはないのである。
        『なな山だより』37号より、ブログ掲載にあたり一部改訂
  N田さん

カラスビシャク.png
カラスビシャク

コメント(0) 
共通テーマ:地域

献木十万本 -アトリエN- [アトリエN]

 明治四十五年7月、明治天皇が崩御され、その御陵は京都の伏見桃山に造られることになったが、東京にも明治天皇の御霊を奉斎する神社を作ろうという運動が、三井の創始者である渋沢栄一を中心として沸き起こった。
 その熱意にこたえ、大正2年には衆議院で神宮の造営が決定された。
 その場所をどこにするかという問題が残り、東京は青山練兵場跡や代々木御料地・小石川植物園など、東京府以外では千葉の国府台・埼玉の宝登山などのほか筑波山・箱根・富士山などが候補に挙がったが、最終的には代々木御料地にしぼられた。代々木御料地は武蔵野台地の一部で、もともとは彦根藩井伊家の下屋敷であった。その地には幹の周囲が10.8メートルにもなるモミの木が立っていた。
 ちなみに代々木というのはモミの木の別名なのである。
 神域は昔から鬱蒼とした森の中にあることとされており、時の総理大臣・大隈重信らは、日光や伊勢神宮のように杉の大森林にするのがよいと考えた。しかし造営技官たちは別の意見を持っていた。一般に針葉樹は煙害に弱い。大正の時代ですら東京では汽車や工場排煙などによって杉やモミなどの林が消失する現象が見られるようになっており、東京の気候風土にはむしろ常緑広葉樹が適していると考えた技官らは『カシやクスノキなどは雑木ではないか』と渋る大隈らを粘り強く説得し、最終的には大隈も納得した。
 代々木御料地のあった地域を内苑とし、絵画館や運動場のある地域を外苑とし、参拝道路である表参道を含めて明治神宮として、造営計画がスタートした。宗教学者の中沢新一氏は『アースダイバー・東京の聖地』で、代々木の内苑は内に向かって「閉じる」ことを原理とし、これに対して青山の外苑は外に向かって自らを開こうとしており、これは日本固有の古墳である前方後円墳に内在する根本思想と同じものであるとしている。
 計画には十二万本を超える樹木が必要であったが、候補地に自生する樹木は1万3千本程度で、とても足りないし、苗木から育てるのでは時間がかかりすぎる。そこで神宮造営局は植栽予定の12万本のうち10万本を一般国民からの献木で賄うこととした。
 献木の条件としては
 ◎外国の木は不可とする。
 ◎華美な花や実をつける観賞用の木は不可とする。
 ◎簡単に枯れない木であること。
 ◎若木が暗い場所でも育つ『陰樹』であること。
 などが挙げられたが、全国から東京に運び込む費用は献木者の全額自己負担とされ、趣旨に賛同した鉄道会社や海運会社が輸送料金を半額にしたものの、今日ならば大臣のクビが飛んでも不思議ではないような過酷な条件であった。
 しかし、当時は日本の領土であった、北は樺太から南は台湾までを含む日本全国から献木の申し出が殺到し、個人としてサカキ5,000本,ヒサカキ5,000本を献木した例もあった。
 ちなみに参道に立つ大鳥居は二代目だが、はるばる台湾から運ばれてきたタイワンヒノキが使われている。
 最終的に全国からの献木は95,559本に達し、全樹木の86%を占めることになった。
それらの樹木を植栽する労力もまた国民の奉仕に期待することとし、造営局は各地の青年団に協力を募った。それに応えて11,129名,延べ11万人が無料奉仕に参加した。
 今日ほどには重機類も乏しい時代である。
 運搬にも植栽作業にも困難を極めたのは想像に難くない。
 神域にふさわしい荘厳な大森林が一朝一夕にできるわけもなく、時間をかけて、自然の中で安定した林相とすることが求められる。
 そこで技官たちは理想の森に向かって遷移するように、4段階の予想林相図を作成した。
 第一段階は一時的な仮設の森である。
 樹冠を構成する高木にはアカマツ・クロマツを配置し、その間に成長の早いヒノキ・サワラ・スギ・モミなどの針葉樹を交える。その下層にはスダジイ・シラカシ・アカガシ・クスノキの常緑樹、最下層には灌木類を配置する。
 第二段階は樹冠の最上部を占めていたマツ類がヒノキ・サワラなどの成長により圧倒されて、次第に枯れる。
 第三段階は下層に植えたカシ・シイ・クスノキなどの常緑広葉樹が成長して優占木となる。その間に前の優占木であったスギ・ヒノキなどが混交する。
 第四段階はカシ・シイ・クスノキ類がさらに成長し、150年前後で自然林の姿となる。
単調な林にしないために計画に矛盾しない限りにおいてクロマツ・サワラ・コウヤマキ、風致木としてイチョウ・エノキ、カエデ類なども植栽されることになった。
 現在は造成の完了からおよそ百年が経過しているが、おおむね計画通りに生育が進んでいる。
 代々木の名のもとになったモミの大木は第二次大戦時の空襲により焼失していまはなく、昭和20年4月14日の大空襲においては200発以上に及ぶ焼夷弾が敷地内に落下して神宮の社殿も焼失したが、燃えにくい常緑樹が多かったため、延焼が阻止されたという。
 現在は造林計画の最終段階に入ったところだが、空襲に耐え、大気汚染にも耐えて順調に成長している様子は、人々の熱誠に自然が応えている貴重な実例の一つではないだろうか?
  N田さん

明治神宮.jpg
明治神宮。写真提供:写真AC https://www.photo-ac.com/

コメント(0) 
共通テーマ:地域

宇宙からやってきた? -アトリエN- [アトリエN]

 ラグビーボールのような形をしたカカオの実は、幹の途中からいきなり生えて、たんこぶのようにぶらさがる。ちょっとぎょっとするような光景である。落花生の花は、受精すると子房柄というものを地上から下ろし、地面に潜り込んで地中で結実する。その鞘は暑熱と乾燥から種を守っているが、数年に一度大雨が降ると、濁流に乗るカプセルとなって、豆を下流に運び、子孫を広げる。
 中南米の植物には不思議な生態を持ったものが多いが、その中でもトウモロコシは、その不思議さが群を抜いている。
 絹糸(きんし)といわれる雌蕊が花粉をとらえると、花粉は絹糸を伝って果穂に達し、そこで実を結ぶ(だから、絹糸の数だけ実があることになる)が、成熟した種(実)は頑固に果穂にしがみついていて、地上に落ちることがない。おいおい、それじゃあ地に満つることが出来ないじゃないか?そんな指摘もどこ吹く風、彼らはその果穂にさらに何枚もの皮を被る。
 これでは地上に落ちても芽を出すことはできない。もし仮に発芽しても、ばらばらになれない種たちは、互いに養分と光を奪い合って、共倒れになって枯れてしまうだろう。
全く野生の掟を無視しているのであって、人間の世話がなければ生きていけなくなってしまった植物なのである。
 どんな栽培植物にも原生種というものがあり、例えばイネやコムギの祖先種は、あきらかにそれと推定できる特徴を示しているが、トウモロコシの原生種は謎に包まれている。『テオシント』という植物がそれではないかと考えられてもいるが、テオシントは現在のトウモロコシとは似ても似つかない植物で、どちらかといえばイネやムギに似ている。
 そのため、トウモロコシは宇宙人がもたらした植物ではないかという説もある。
 マヤの神話では、神はトウモロコシの粉をこねてヒトを作ったという。日本人にはあまりなじみがないが、トウモロコシには、白・黄・黒のほかに茶色・青・紫などの実をつけるものがあり、その色の数だけ人種があるということになっている。
 およそ7500年以上も前に栽培が始まったとされるトウモロコシ。現代では栽培植物としては世界中で一番の座を占めていて、そのカロリーの高さから、主に家畜の飼料として栽培されているが、そのほかにもバーボンウイスキー、コーンフレーク、ポップコーンやナチョスなどの原料になるほか、蒲鉾やちくわなどの練り製品、チューインガム・スナック菓子、栄養ドリンク、果汁入り飲料などにもトウモロコシ由来の成分が使われている。飲み会の冒頭には「とりあえずビール」が定番だが、そのビールにもトウモロコシの成分が入っているのだ。またバイオエタノールの原料ともなり、現代では糊やダンボールもトウモロコシでできている。
 トウモロコシで肥育された牛や豚や鶏の肉を通じ、またビールやその他の飲料などによって、我々現代人は大量のトウモロコシを体内に取り入れている(たまにはダンボールを食べたりする人もいるらしいが、トウモロコシが原材料なら食べて食べられないこともないのだろう)。
家畜の体重を1キログラム増やすのに必要な穀物飼料は、ウシの場合7~8kg、ブタで4~5kg、ブロイラーで2kgだそうだが、その半分以上はトウモロコシで、日本人は年間ほぼ100kg以上のトウモロコシを肉・乳・卵に変換して食べているそうである(それがアメリカ人では、日本人の4~5倍を超える量になる)。
 現代人の身体の半ば以上はトウモロコシで出来ているという説もあるくらいである。
 およそ40億年も前に、地球には小惑星が隕石となって降り注いだ『隕石重爆撃期』があって、その時に水や有機物が地球にもたらされたといわれているが、それなら、約6500万年前、メキシコのユカタン半島に小惑星が衝突したとき、小惑星の中に閉じ込められていたトウモロコシの種が地上にばらまかれたという私の空想(妄想)も、ひょっとしたらありかもしれない。
 そうやって地球にやってきたトウモロコシがヒトに出会い、ヒトを利用して世界中に分布を広げた。宇宙人と言えば我々は、大きな一つの頭と2本ずつの手足などという、ヒト型を連想するが、別にトウモロコシ型宇宙人がいても、不思議ではあるまい。
 トウモロコシをこねてヒトを作るというマヤの神話は、案外、現在進行中の実話かもしれないのだ。
  N田さん

トウモロコシ.jpg
カラフルなトウモロコシ。写真提供:写真AC https://www.photo-ac.com/

コメント(0) 
共通テーマ:地域

名前のはなし -アトリエN- [アトリエN]

 特に植物に興味があるわけでもないし、土いじりが好きなわけでもない。鉢植えのサボテンすら枯らしてしまうくらい、草花との相性が悪い私がなな山のメンバーとなって、すでに4年が経った。それでも相田さんはじめオーソリティーの薫陶?よろしきを得て、いくつかの草花の名前は覚えた。
 実はコトバにはうるさいほうである。若者(時々若いとは言えない人もいる)達が「すごいうれしい」などとしゃべっているのを聴くとイライラするし、いつぞやはTVで中学校の教頭先生が「フインキ」(雰囲気のこと)と大真面目に連発しておられるのを目にして、胸をかきむしりたくなった。とはいえ、いまや「すごいキレイ」「すごいいそがしい」などという言い方は、もはやフツーの日本語として定着してしまった感があり、そんなことにいちいち目くじらを立てても仕方がないい時代になってしまったようである。
 そんな私だから、家の周りや散歩途中の路傍で見かけた草花の名前がわからないと、胸のどこやらがムズ痒くなり、中原さんにメールして名前を尋ねたりする。
 この地球上には数十万種もの植物があるらしいが、そのすべてに名前がついているというのは、名前がわからないと胸の座りが悪い、私のような人間が世間には沢山いるということなのだろう。
 だが、つけられた側にとっては心外な名前も時にはある。
 オオイヌノフグリ・ヘクソカズラ・ママコノシリヌグイ・ワルナスビ。あんまりだと思う人も昔からいたらしく、それぞれに別名もあるのだが、そちらのほうは定着していないようだ。いま挙げた4種ともに、派手でこそないがそれなりに美しい花をつける。オオイヌノフグリには『星の瞳』という別名もあるくらいだ。
 綺麗なバラには棘があるというが、茎どころか葉の裏側にまで鋭い棘を持つ(根性)ワルナスビの花のほうが、どこか厚化粧な感じのする薔薇の花よりも、私にとっては好ましいのだ。
 ヒュー・ロフティングのドリトル先生シリーズ・『月へ行く』の巻にドリトル先生が月世界の花と言葉を交わすくだりがある。また、植物にも感情があるらしいという研究結果を耳にしたこともある。
 視点をちょっと変えて、なな山の鳥獣草木達が、ヒトの知らない方法で会話を交わしているとすれば・・・我々一人一人に名前をつけて噂話をしているとすれば・・・私なんぞはどんな名前で呼ばれているのだろうか?
 想像すると、楽しいような、怖いような気がしてくる。
        『なな山だより』36号より、ブログ掲載にあたり一部改訂
  N田さん

ママコノシリヌグイ.jpg
ママコノシリヌグイ。写真提供:写真AC https://www.photo-ac.com/

コメント(0) 
共通テーマ:地域

あたま山あたま池 -アトリエN- [アトリエN]

 ケチベエという男、道で拾ったサクランボを種ごと食べたところ、頭の上に桜の木が生えてきた。あまりにも見事な桜なので、見物人が押し掛けてきて、飲めや歌えの大騒ぎ。
 中にはケチベエの耳にはしごをかけて、桜の枝によじ登ろうとする男まで出てくる始末。
 あまりにもうるさいので、ケチベエはその桜の木を引っこ抜いてしまう。
 するとその穴に夕立が降って、大きな水たまりができた。さあそのあたま池には、ボウフラが湧くアメンボが湧く、フナやコイやメダカが湧いて、釣りをする者、舟遊びをする者が押し寄せてきた。
 ケチベエはすっかり世の中が嫌になって、自分のあたま池に身を投げて死んでしまった。
 ケチではあっても、客から金をとって、ひと稼ぎしようという商才はなかったものと見える。
 江戸の落語「あたま山」、なんともシュールな噺ではあるが、生きている人間の体に草や木が生えることは、実際にはないそうである。
 カビやキノコが生えることは無いではないが、人間の体温は植物にとっては高すぎて、万が一着床しても、成長することはできないそうだ。
 巨人の死体から万物が生まれたという神話は世界中にある。インドのプルシャ神話や中国の盤古伝説などである。我が邦の場合、伊弉諾尊が黄泉の国から帰還した後でミソギをすると、左の眼からは天照大御神が、右の眼からは月読命が、鼻からは須佐之男命が、それぞれ誕生したと伝えられているが、大陸の盤古伝説の影響を受けていると考えられる。
 ジブリ映画「もののけ姫」では、首を撃ち落されたシシガミが、ドロドロの体液を迸らせながら荒れ狂った末に、首を取り戻すと穏やかに死んでゆき、それと同時にこの世に新たな命が芽吹いてくるという象徴的なシーンが描かれている。生命の誕生には、その前提として、大いなる死が必要ということだろう。
 あらゆる生きもののDNAにはテロメアというものがあって、生物種ごとに細胞分裂の回数を決めている。人間ならば一個の細胞が分裂できる回数は約50回で、そのためヒトの寿命は最長でも120歳を超えることはないそうだ。なぜ細胞の分裂回数から最大寿命が計算できるのかは、非理系の私にはうまく説明できないが、近頃ではこのテロメアに細工をして、ヒトの寿命を伸ばそうという研究もおこなわれていると聞く。
 考えられることならなんでもやって見ずにはおかないのがホモ・サピエンスの特徴だから別に驚かないが、生き物の生と死は分かちがたく繋がっているのだから、あまりいじくらない方がいいのではあるまいか?ただでさえ史上最凶の環境破壊者となってしまった人類の数をこれ以上増やしてどうしようというのだろう?核廃棄物で地上を汚染し、マイクロプラスチックで海洋生物を痛めつけているヒト族。ホモ・サピエンスとは『知恵ある人』という意味なのだそうだが、この世界を汚しまくっている種族が知恵ある存在だとは、悪い冗談としか思えない。
 さらにその上、不老長寿などを目指そうという輩は、あたま池にでも飛び込んで死んでしまえ。というのが乱暴なら、せめて池の水で頭を冷やしたらどうなのだろうか?
  N田さん

あたま山.png
あたま山。イラスト提供:いらすとや https://www.irasutoya.com/

コメント(0) 
共通テーマ:地域

ヘチマの戦略 -アトリエN- [アトリエN]

 ヘチマは南インド辺りで生まれた栽培植物で、昔は糸瓜と書いて、そのままイトウリと呼んでいたのが、いつしか「イ」がとれて、トウリと呼ぶようになった。「ト」はイロハ文字ではヘとチの間にある。そこでヘチマと呼ぶようになったのは、日本人の大好きな言葉遊びなのだ。
 高温多雨の熱帯では木も草も鬱蒼と茂り、まごまごしていると太陽の光を浴びられなくなってしまう。そこでウリ科の植物たちは他の木や草に巻き付いて上に伸びる生き方を採用した。茎を強く太くして自ら立つには、それだけエネルギーを消耗する。立っているほかの植物に巻き付けば、持っているエネルギーを素早く上に伸びるために使うことが出来る。いわば「他人の褌」作戦である。
 さて、私がまだ紅顔(厚顔)の美少年?だったはるかな昔、ヘチマというのはタワシや風呂場でのアカスリぐらいにしか使い道がないと信じてきたが、実は東南アジアやアフリカでは実や種を食用にするために栽培を始めたのだし、ヘチマ水は美肌水にもなる。
 「十五夜の月の光の下でしぼったヘチマの汁は、女の肌を美しくする」と昔から言われてきた。最近では、地球温暖化につれてグリーンカーテンとしての評価も高い。
 雌雄異花である。雌花は雄花より上位にあり、同じ株の花粉を受けないようにしている。
 いろいろな虫がヘチマの花を訪れる。
 イチモンジセセリ・アリ・ヒラタアブ・虫を待ち伏せるアズチグモ・ミツバチ・花びらを食べるトホシテントウ。 
 ところが、ヘチマの花粉はつるつるしていて、昆虫の体にくっついて花粉を運ぶのには、あまり適していない。では、どうやって受粉するのか?どうやら彼らは、人間の手をあてにしているらしい。受粉だけではない。ツルが空へ延びるための支柱も、棚も、水も肥料も、種とりも、人間の世話に頼って彼らは生きている。いまや野生のヘチマは、自然界では繁殖できない存在になってしまったと言っていいだろう。
 でも、それがヘチマの戦略なのだ。
 野生で生きられなくとも、子孫を残せれば、それでオッケー。
 実を食べられようが、ヘチマ水を抜かれようが、人間に自らの有用性を印象付けて、世話をさせれば、植物種としてのヘチマが絶えることはない。
 仕事もしないでブラブラしている男のことを【へちま野郎】というそうだが、何と言われようがふてぶてしく生き抜く、そんな戦略をとって繁栄をしているのは、ひとりヘチマだけではないようである。
  N田さん

ヘチマ.jpg
ヘチマ。提供:「写真素材足成」(http://www.ashinari.com)

コメント(0) 
共通テーマ:地域

毒を持つ植物たち -アトリエN- [アトリエN]

 裸子植物たちが空へ伸びる。
 それを追いかけて、草食恐竜の首が長くなる。食われてなるものかと、裸子植物はさらに空へと伸びる。草食恐竜の首は、さらに長くなる。
 それを、皮肉な目で眺めている植物たちがいた。新参の被子植物たちである。
 「バッカじゃなかろか」
 と言ったかどうかは知らないが、被子植物たちは、そんな成長レースに加わる気はハナからなかった。そのかわりに、彼らは毒で武装することにした。
 恐竜は小惑星の衝突による環境激変で死滅したというのが定説とされてきたが、その前に、被子植物の毒に対応しきれずに衰退を始めていたと考えられている。末期の恐竜の化石には、卵殻が薄くなっていたり、臓器が肥大していたりと、植物アルカロイド中毒の痕跡が見られるそうだ。
 大きな動物たちは世代交代にも時間がかかり、速やかな進化が出来にくい。それに引き替え短命な昆虫たちは、あっという間に植物の毒に対する耐性を獲得してしまう。なかには植物の毒を体内に取り込んで、鳥による捕食を免れようとする輩まで現れる。ジャコウアゲハがその代表格である。幼虫も成虫も、黒と黄のダンダラ模様(警告色)をまとい、これみよがしに鳥に対してみせびらかす。
 「毒虫やぞ、喰うたら死ぬでえ、こらあ」というわけである(なぜか関西弁)。
 でも、それもかわいいほうだと言っていいかもしれない。
 毒植物たちの多くは、警告すらしない。
 葉はギョウジャニンニクに似て、球根の形はタマネギ、球根をむけばジャガイモにそっくりなイヌサフラン。若葉の姿がニリンソウと見分けがつかないトリカブト。根茎がしばしばワサビと見間違えられるドクゼリ。シキミの実は、香辛料のハッカクにそっくりで、しかも油で揚げれば香ばしいにおいがする。ドクウツギの実などは、口に含めば甘い(そのあとに七転八倒の苦しみが待っているが)。
 しかもこれらの毒植物たちは控えめで清楚で、自分を主張しない。
 また、困ったことにその毒成分の含有量は個体ごとに違っている。もし自殺目的でトリカブトの根茎を食べたとしても、必ず死ねるわけではなく、そのくせ例外なくのた打ち回らせてくれるのだ。
 どうしてそんなにイヤミな性格になってしまったのか、一度訊いてみたいものだが、多分教えてはくれないだろう。
 付記
 今年(2018年)4月と7月には、北海道で誤食事故により、70代男性と80代女性がそれぞれ死亡しました。
 どちらのケースも、イヌサフランを他の植物と間違えて食べてしまったものですが、怖いことに、どちらの場合も、そのイヌサフランは、自宅の庭先に生えていたものだそうです。
     「なな山だより」44号より、ブログ掲載にあたり一部改訂
  N田さん

ギョウジャニンニクとイヌサフラン.jpg
ギョウジャニンニク、イヌサフラン

コメント(0) 
共通テーマ:地域

エル・フマドール(EL FUMADOR) -アトリエN- [アトリエN]

 ビクトリア王朝時代のイギリスの軍人で、海洋探検家であり、また詩人でもあったウォルター・ローリーは、新大陸から持ち帰ったタバコを自分の農園で育て、パイプでくゆらすのを秘かな楽しみにしていた。
 ある日彼は、召使にビールとナツメグを持ってくるように言いつけ、パイプに火をつけたが、読書に集中していたために召使が書斎に入ってきたことに気づかなかった。
 召使はローリーの口から煙が出ているのを見て「ご主人様が燃えている!」と仰天して、手に持っていたビールをローリーの頭にかけてしまった。よくできた面白い話ではあるが、どうやら作り話らしい。
 コロンブスの一行が新大陸に到達するまで、西洋人はタバコの存在を知らなかったが、まずそれは珍奇な薬草としてスペインに持ち帰られ、スペインは長い間国外への持ち出しを禁止していた。しかし、いつまでも秘密にしておくことはできない。やがては周辺国の知るところとなり、喫煙の習慣は徐々にヨーロッパ中に広まっていった。
 当初注目されたのは、その薬効であり、ほとんど万能の薬として、多くの学者や聖職者が記録に残している。煙を吸飲するだけでなく、その葉を傷口に貼ったり、絞り汁を浣腸液として肛門から注入したりした。ペストが大流行したロンドンでは、タバコが最強の予防薬と信じられ、学童たちまで登校前に喫煙することを義務付けられた。
 フランスの上流階級では、嗅ぎタバコが流行した。そもそも嗅ぎタバコを嗜むのに火はいらず、粉を入れた小さな函を持ち歩けばよかった。また当時の西洋では「病気は4種の体液のバランスが崩れることによって起こる」という学説が支配的で、鼻にタバコの粉を吸い込んだ際に出るくしゃみには、体液のバランスを整える効果があると信じられていた。「小ぶりで優美な煙草入れを取り出し、品よくポンと叩き、上品にタバコを嗅ぐべし。すみやかに蓋を開け、友に薦めるべし……」そして、優雅なくしゃみの仕方すら、嗅ぎタバコのマナーに組み込まれていたという。
 アメリカで流行したのは噛みタバコである。
 タバコの葉をひも状に固めたものをナイフで小さく刻みとり、くちゃくちゃと噛み、唾と一緒にニコチンを飲み込む。噛みかすはぺっと吐き出す。噛みタバコをやると一日中腹が減らないといわれ、第7代大統領のアンドルー・ジャクソンなどは、ホワイトハウスの中であたりかまわず唾を吐いた。
 わが国には、豊臣秀吉が生きていた慶長年間に「幾世流(キセル)」とともに、ポルトガルからやってきたらしい。器用な日本人は、刻みタバコもキセルも、すぐに自家薬籠中のものにしてしまった。
 葉巻や紙巻きタバコの習慣はあまり広まらず、小粒な刻みタバコを火皿に詰め、煙を2、3服吸って、ポンとはたく。
 それほどお金がかからない喫煙法である。
 江戸時代には、タバコを吸えるのは一人前の証という暗黙のルールが成立しており、稼ぎのあるものなら男でも女でも、年齢に関わらず認められていた。だから庶民のカミさんでも、稼ぎさえあれば大っぴらにタバコを吸うことが出来たが、武家の妻女は家を守るだけで稼ぎがないからという理由で、許されなかったという。それが明治になると「女人のタバコは好ましからず」という風潮となり、女性の喫煙に暗黙の圧力がかかるようになったというが、むしろ明治以降よりは江戸時代のほうが、まだまだ大らかな社会であったといえるのだろう。
 それが今や、愛煙家にとっては暗黒時代といってもいいような世相になってしまった。
 タバコは肺がんを惹き起こし、吸う本人にだけでなく、副流煙によって周囲の人にまで健康被害をもたらす。ストレスを癒し、ほっと一息つけるという心理的な効果はあるものの、それはなかなか数値化が難しく、健康被害の具体的な数値を突き付けられると、いかにも分が悪い。若いころ20数年にわたって愛煙家であり、いまは30年あまり休煙中であるわたくしであるが、禁煙ファッショともいえるような近頃の風潮は、いささか度を過ぎたものであると思えるのだ。
 マヤの神殿には『エル・フマドール』と呼ばれる、キセルを持った神のレリーフが刻まれている。タバコの煙で大地を清めたと言い伝えられる神である。
 だが、しかし。
 道を歩けば歩道のいたるところに吸い殻が落ちているのを目にする。雨に叩かれ風に煽られ、やがては下水道を伝って海に流れ込み、海洋生物に悪さをするのだろう。
 エル・フマドール(スペイン語で『タバコを吸う人』そのまんまである)ですら、天上からそんな有様を覗き見て、心を痛めているのではないだろうか?
  N田さん

たばこを吸う人.png
たばこを吸う人。イラスト提供:イラストAC https://www.ac-illust.com/

コメント(0) 
共通テーマ:地域
前の10件 | - アトリエN ブログトップ